ズッキーニ。

学校に6年行かなかったあたしがきのくに子どもの村を卒業してから大人になって思うこと

「写訳 春と修羅」

数年前、岩手の花巻に行った。宮沢賢治記念館、イーハトーブ館、童話村を訪ねた。
有名な「銀河鉄道の夜」を小説で読み切ったのは大人になってからだった。第一印象は「星の王子様」と少し似て「有名なのに」「読みずらい」「眠い」だった。有名なのには訳があるはずの話だけど、本を開くといつもいつも眠くなって途中であきらめてしまう。そんな本だった。だから読み物として私は個人としては苦手だった。読みずらいのになんでこんなにも有名な物語なのだろうと思っていた。

そんな読みずらかったはずの宮沢賢治は、兄の高校演劇で「広くて素敵な宇宙じゃないか」という作品をみて変わる道をたどり始めた。「広くて素敵な宇宙じゃないか」は成井豊原作の脚本で、成井豊は劇団キャラメルボックスの劇作家だ。それ自体は宮澤賢治とは関係ない、そこから話しはつづくのだが。
わたしがみてきた「舞台」は福井子ども劇場が企画する大ホールを埋めるような子ども向けの一般的なプロの舞台だった。その舞台は毎回とても退屈なものだった。舞台=授業のようにつまらない。それがわたしの舞台に対するイメージ。
そのイメージはたかが高校演劇の舞台で「見ていて飽きない」「ワクワクする」というものに覆された。それから成井豊が何者なのかを調べ、その作品が多く高校演劇で脚本が使われる人気作品であると知った。


いつか劇団キャラメルボックスの「賢治島探訪記」のdvdを中古で買い、オムニバス形式で宮沢賢治の童話を芝居にする中で「貝の火」という話に出会う。その芝居の面白さ、話の面白さ、「うまくいったねよかったね」というだけの童話をもとにした舞台は山ほどあったけど、主人公が視力を失い、その父が「人生とはそういうこともある。それがわかったお前は幸せなのだ」というこの話の結末に衝撃を受け。私は宮沢賢治にのめり込んだ。芝居や演技の完成度よりも童話の内容に、台詞の回し方に鳥肌が立った。宮沢賢治は音楽もやっていたけれど、本来目で読むのではなく言葉を発生して耳で聞くことでその作品の面白さを増幅させ本来賢治が言いたかったことを読み取ることが出来るような気がした。舞台で役者の台詞を聞くことや、童話を子どもに読み聞かせするたび、言葉のリズムから物語に入っていき、つまらなかった話がようやく私には映像として脳内に見ることができた。


それから NHKの「80年後のkenji」で映像化された「よだかの星」「やまなし」「春と修羅」などの作品を見ることがわたしの宮沢賢治に対する崇拝と執着心が加速することになった。

グスコーブドリの伝記銀河鉄道の夜よだかの星や猫の事務所のようにどこか命が寂しく燃え尽きる瞬間をかくような作品に惹かれ、自分もまた、命とは、別れとは、と考えては止まない人間になっていった。



宮沢賢治の本ばかりを買いあさっていた頃、「写訳 春と修羅」という本を数年前に買った。写訳という言葉をはじめてきいたのだが、春と修羅の文章に動物の死やぼんやりしたひかりをフィルムで閉じ込めているような本だった。子どもや、動物、風景、人に嫌われるものでないそればかりを選んで。抽象的できれいな情景がならんでいた。これがその人の見た「春と修羅」だったのだろうか。わたしには「春と春」のようにおもえるほど、血の涙が流れるほどの葛藤も、身をよじるような決別も苦痛もこの写真からは感じられない。わたしの「春と修羅」とは違った。
その写真をとったカメラマンの斎藤陽道のドキュメント映画を昨日偶然出会い見てきた。こういうときの偶然は必然のように感じる。この映画を見て初めて知った。この人は生まれたときから「耳が聞こえない」人だった。斎藤さんは映画の中で、自分は「手話」「言葉」「文字」でコミニュケーションを取るのだけれどどれも「しっくりこない」のだと言った。いろんな沸き上がってくることが表現するのは難しい。だから「写真」を撮る、写真は情景も風景も、たった一枚で言葉にならないものを表現するという。斎藤さんは人も動物も死んだら、その眼がすこし青くなる。その「青」が、あまりにきれいな「青」で。それをみたらすこしだけ、ほんの少しだけど、こんなきれいな「青」になるなら、死ぬことは怖くないのかもしれない。と言いました。


ああ、このときこの人の中にも「修羅」がある。

ドキュメンタリー映画は苦手。綺麗なものだけを綺麗に閉じ込めようとする。彼は明らかに人間として皮膚も骨格も歯列の並びも目の中の光まで「綺麗」な部類だった。わたしの卑屈な心が、だから映画になるのだと思った。だから題材になるのだと。それで、映画はすきになれなかったけど、この人が「春と修羅」を宮澤賢治にただのっかって自分の写真をすきかってに載せて売っただけじゃなく、このひとのしっくりこない「言いたい事を」ただみせたかったのがわかっただけでこの「写訳 春と修羅」をすきになった気がする。

出来上がった本で、その人のがどんな思いを抱えて書いたかなんて伝わることはない。国語の授業で作者が何を思っていたでしょう、なんて意地悪な質問分かるわけがないけど。いつか、分かりたいと思うことが、その人がどんな人物なのかと出会うことが、またひとつ扉が開いていく。ここにある言葉、すべて、誰かがつくりあげた表現、それだけで、自分のすべてを表現するなんて無理なことなんだ。だから、こうであれ、こうでなければならないはすべて捨てて、自分の本能のままに言葉を発していきたい。



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